ベテラン通訳者への道

フリーランス11年目。自分が今まで培ってきた経験を共有し、更に信頼される通訳者を目指して頑張ります。

読書:アンジェラ・ダックワース『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』

昨年、教育や対人支援関係のコミュニティで大いに話題になっていた本。子どもの教育に関心のある人だけでなく、自分の能力を伸ばしたいと思っている大人にも大変参考になる内容だと思う。受講生にも折に触れて一読を薦めている。 

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 この本にはいくつか図が掲載されているが、中でもp.89の図はとても重要だ。上位にある究極の目標(筆者はこれを「コンパス」と呼んでいる)を達成するために複数の中位の目標があり、中位の目標の一つ一つを達成するために更に低位の目標が複数ある、というピラミッドのような図だ(例えば、この書評の図を参照)。

 

ピラミッドの一番下にある「低位の目標」は、もっとも具体的な個別の目標で、日々の「やることリスト」に書くような目先の目標。いずれも、「目標を達成するための手段」である。これに対し、ピラミッドの上に行くほど、もっと抽象的かつ全体的で重要な目標が並ぶ。上に行くほど、それじたいが目指すべき「目的」であり、たんなる「手段」ではなくなる(p.89-90より抜粋)。

 

低位・中位・上位の目標の例として、筆者は次の例を挙げている。

 

「朝8時までに家を出る」のは下位の目標で、「定時に出勤する」という中位の目標を達成するための手段にすぎない。

 

「なぜ定時に出勤するのか?」時間を厳守するため。

「なぜ時間を厳守するのか?」一緒に働く人たちに敬意を示すため。

「なぜそれが重要なのか?」よいリーダーになるため(p.90)。

 

 先日ご紹介した「なぜなぜ分析」は、この最上位の目標を確認するためのツールであるといえる。最上位の目標=究極の関心を確認するのがなぜ重要かというと、筆者によれば、やるべきこと・やらないことを明確にし、最重要の目標に対して時間とエネルギーをしっかり注ぎ込めるようになるためだ。

 

「目標」を複数列挙しようと思うと、中位の目標を書いてしまうらしいという筆者の感想は興味深い。普段意識に上りやすいのは「中位の目標」が多い、ということなのだろう。しかし、中位・下位の目標がしっかりと最上位の目標に資するものになっているかどうかが成功の鍵になるので、折に触れて自分の「最上位の目標」を確認することには意味がある。なお、「究極の関心」といっても、一つしか持ってはいけないということはない。実際、筆者の究極の関心は「娘たちにとってできる限り最高の母親になること」と「心理科学を利用して、子どもたちのしなやかな成長を助けること」。「究極の関心」どうしが対立することがあるため、二つの「究極の関心」を持ち続けることは生易しいことではないが、それが彼女の場合のようにどうしても譲れないものである場合は、「自分にとっていちばんよいと思う道を選ぶしかない」(p.93)。非常に現実的であるともいえる。

 

ここで重要なポイントは、「重要度の高い目標の場合は、安易に妥協するべきではない」(p.108)が、「重要度の低い目標をあきらめるのは悪いことではなく、必要な場合もある」(同前)。「最重要の目標に向かって粘り強く努力を続けるには、ピラミッドの下位の目標に関しては、臨機応変に態度を切り替える必要がある」(p.100)。ここで紹介されている、「ザ・ニューヨーカー」の漫画編集者、ボブ・マンコフの事例は興味深い。ボツの嵐にもめげず、即ち下位の目標の失敗にもかからわず、先行事例の研究と独自のスタイルの開発によって最上位の目標=「世界でトップレベルの漫画家になる」を達成するに至っている。究極的な関心を持ち続けること、それに従ってたゆみない努力を続けること、しかもむやみやたらな努力ではなく、より結果の出やすい方策を模索した上での努力を続けることの重要性を物語っている。

 

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読書:樺沢紫苑『脳のパフォーマンスを最大まで引き出す 神・時間術』

通訳者に読書家は多いと思う。私もご多分に漏れずで、手元に本がないと調味料のラベルまで「読んで」しまう活字中毒だ。分野は色々。特に好きなのは心理学関係の本とエッセイだが、幅広く読むほうだと思う。アウトプットすることで記憶にも残りやすくなるので、読書メモも残しておこうと思う。

 

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「無駄な時間」を減らし「有意義な時間」に置き換えるという従来の「一次元時間術」に対し、「集中力(仕事効率)」という切り口を導入し、「集中力×時間」で考えようというところが新しい。樺沢氏はこれを「二次元時間術」と呼んでいる。

 

文字で読んだだけではわかりにくいが、図を見れば一目瞭然だ。次の図は、この本の中でも最重要の図。非常にシンプルだが、「集中力×時間」で表される面積を大きくしようというのが筆者の主張だ。

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そして、本書の最重要部分を非常にざっくりとまとめると、こういう感じになると思う(手書きにて失礼)。

 

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朝、午後、夜と時間帯に応じた時間の使い方について細かい提言があり、有益だった。精神科医らしく、提案する事柄に根拠が記されているのがよい。もちろん、現実の生活において仕事効率がどれだけ高まったか、どれだけ成果が上がったかを語る場合は、定性的主観的な評価にならざるを得ない。でも、具体的な提案に裏づけがあるものが多いので、十分説得力のあるものになっていると思う。

 

私はこれを読んで、朝の時間の使い方が変わった。最も創造性を要する作業や脳に負荷のかかる作業をあてるようになり、これまで時計代わりにつけていたテレビもつけなくなった。確かに、朝一番に最も集中力を要する作業を済ませると、時間に余裕ができる。もっと早くに知っておきたかった。

 

通訳者として有難いと思ったのは、「集中力は何分持続可能なのか」という問いに答える部分で、同時通訳者の発言を引用してくださったこと。

 

 彼女によると、「同時通訳というのは、非常に高い集中力を要するので、せいぜい10分。どんなに頑張っても、15分が限界です」と言っていました。

 会議の同時通訳は3人1組で、15分ごとにローテーションで回すことが多いそうです。

 

 第一章 脳の機能を最大に生かす集中力の高め方 Kindle版・位置No.605~No.610より)

 

こういうベストセラーで取り上げていただくことにより、通訳者の作業負荷について認識が広まるといいなと思っている。

 

それにしても、「面積を最大化する」というのは理系の発想だなあ、と思った。高校の数学の授業で習った積分のグラフを思い出す。もう計算の仕方などはすっかり忘れてしまったけれど、ぼんやりとでも概念を思い出すだけで役に立つ、ということは時々ある。

 

また、この本を読んで、仕事を終えた後に授業に出て勉強する受講生の方に益々尊敬の念が深まった。リラックスすべき時間にも集中力の要る活動を続け、生活時間を圧迫しながら勉強する生活を少なくとも数年間は続けなければならないというのは本当に大変だ。努力が報われてほしいと思うし、益々よい授業をしなければ、と思う。

【2017年版】お役立ちグッズ:アプリ編

通訳業界きってのガジェット通といったら平山敦子さん。最先端の便利なアイテムについては、ぜひこの方のコラムを読んでみてほしい。自分はtech savvyなほうではないが、ご参考までに使ってみてよかったものを私も共有させていただこう。まずはアプリ編。

 

 1.Evernote

Dropbox、One Drive、Google Driveなどクラウドストレージ系のサービスは一通り全部使っているけれど、最近利用頻度が高いのはノートアプリのEvernoteDropboxなどで文書を共有する手間に比べると、アプリを立ち上げてすぐ書き込みをしたり検索したりできるのが特に出先で使うのに便利。こういう用途に使っている。

・ウェブ上で読んだ注目記事を保存。特にIRの仕事などで企業について調べた情報などを蓄積している。検索機能が強力なので、キーワードやタグで一括検索できるのが魅力。プレミアムサービスに加入していると、「コンテキスト」という機能で関連する自分の過去ノートのほか、日経新聞などの関連記事を表示してくれるのも便利。

・仕事の帰りに振り返りをしながら、「こういう訳のほうがよかった!」というアイディアを書き込む。思いついたときにすぐ書き込みをできるのが便利。

・用語リストを作るまでもない読み物などで新しい語彙に出会ったら、「語彙増強」というノートにメモしておく。以前はフラッシュカード型単語カードアプリなども試していたけれど、手軽なので結局Evernoteになった。折に触れて読み直して、覚えるように努めている。

 

昔から使っていたし、ノートの量が多くても検索が速いので有料会員料金の引き上げ後も私はEvernoteを使い続けているけれど、無料で使いたいならマイクロソフトから出ているOneNoteというアプリもある。

 

  1. CamScanner

領収書のコピー提出が求められている時、手書きメモをPDF・JPEG化しておきたい時などに使用。カメラで撮影後、斜めに撮れていたりしても補正してくれる優れものだ。

 

  1. maps.me

平山さんお薦めのアプリ。あらかじめダウンロードしておくと、オフラインでもGPSで位置情報を取得できる。海外出張や旅行の際、現地のSIMカードを購入するかどうか迷うときなどに便利。

 

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記事紹介:長井鞠子さんのエピソード

サイマルの専属通訳者として名高い大先輩に関する記事。

myva1ue.com 

引用されているエピソードは、通訳者なら誰でも冷や汗が出るエピソードだと思う。先に紹介した記事とは矛盾するようだが、それほど「何をしたら準備として必要十分か」を見極めるのは難しいということだろう。また、外務省職員として他の職務と通訳業務を兼務している場合と、専業通訳者で事情は異なるとも言える。

 

この二つの記事を読んだ現時点での感想としては、「必要な準備に十分な時間をかけられるように、方向性の正しい努力をする」。自分も、準備に起因する失敗は色々と経験しているが、時間が足りなくて、という失敗が圧倒的に多い。だから、時間管理をしっかりすることと、優先順位をつけて、外務省の田村さん曰くの「やりすぎ」の部分(引用された例で言えば、相手国の政党の100年の歴史を覚えるとか、大統領の親戚の名前を覚える)ではなく、まず必要な部分(その国の与党野党の名前を言えるようにする)に力を注ぐ、ということが大事ではないかと思っている。

 

時間切れを防ぐためにやっていることは、まず全体像を把握するよう努める、ということとうわぐすりをかけるように準備する、ということ。

 

前者のために必要な情報のひとつが、「誰が、何のためにこの会議を設定していて、何が達成されたら会議が成功したとみなすのか」というものだ。それが分かると資料の位置づけや使用方法が分かり、準備にも取り組みやすいのだけれど、明示的に提示されるというよりは推測していることが多い。読みが外れることももちろんあるため、今後、通訳エージェントやクライアントに更にご理解いただけたらと思う分野だ。

 

後者についていうと、最初から細かく調べていくのではなく、まずざっと全体を流し読みし、どこが重要なポイントなのかめぼしをつけた上で、細かい調べ物に入っていく。同じ資料も調べ物の密度を濃くしながら何度か目を通す。全体像が頭に入っていれば、全く触れたことのないトピックに出くわす可能性が低くなるという算段だけれど、あまりに資料が多く、時間がない場合はこれができない。時間切れを覚悟で最初から細かく調べつつ読む、ということになるが、リスクが大きい。

 

また、全体の流れをつかんだ上で重要な概念やキーワードをおさえていれば大丈夫な場合と、ベタ訳をつけることが絶対に必要な場合がある。自分に基礎知識が足りない分野の場合は、資料として渡されたもの以外の基礎的な勉強に時間を要することがある。

 

個々の案件で条件が異なるので、どういう準備がベストかは一概に言えない。外務省の田村さんの「政治家の表敬訪問時の準備の仕方」は具体的で役に立った。自分も、今後、分野別にまとめてみようと思う。

 

こういう記事を読むと、やはり気が引き締まる。引き続き、ひとつひとつの案件を丁寧に準備していきたいと思うが、上に述べたように何がベストかは案件ごとに違う。それを見極められるようになりたい。

 

 


 

 

 

記事紹介:ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ

購読しているブログ「50歳で始めた通訳訓練」で紹介されており、非常によい記事だと思ったので私も紹介。はてなブログにはトラックバックという機能がないようなので、こういう形の紹介になることをお許しいただきたい。

 

ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開 / 田村優輝×浅羽祐樹 | SYNODOS -シノドス-

 

 外務省で通訳担当官をされている方のお話だけど、通訳者全般にとって、また学習者全般にとって、非常に重要な指摘が詰まっている。

 

まず、「限られた準備時間の中で“正しく努力する”ことを意識する」ことが重要だ、という指摘。通訳者の世界では、「努力したことは無駄にならない。今回準備したことは直接仕事には関係なかったけれど、後できっと役に立つ」という言葉がある。そういう側面は確かにあるのだが、「限られた時間で準備する」場合、方向性を誤った努力をしていると、必要な準備すら時間内に完了できないことがある。何をどこまで、どういう優先順位で準備していくべきかを常に意識する必要がある。また、何を学習するにしても「スタンダードをおさえる」のが肝要で、それが後々の応用可能性を拓いてくれる、という議論は説得力がある。

 

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日英の勉強法--リバース英作文+音読

日英の上達に頭を悩ませている人は多いと思う。自分でやってみて効果があったと思う学習方法で、受講生の方にも紹介して好評だったものを一つご紹介しようと思う。

 

用意するものは、日本語と英語が対訳になっている文章。ジャパンタイムスの社説集でもいいし、その他ニュースや演説を集めた本でもよい。ジャパン・ニュース(The Japan News)には数日遅れで読売新聞の社説が載るし、The Japan Times STオンラインにはストレート・ニュースの対訳がある。

 

手順としては次の通り。

 

  1. 英語から日本語へのサイトラを試してみる。
  2. 自分の訳出とテキストの日本語との違いを検討する。
  3. テキストの英語を何度か音読する。
  4. 日本語から英語へのサイトラを試みる。
  5. 自分の訳出とテキストの英語との違いを検討する。

 

日英の上達のために新聞記事のサイトラや訳出に取り組むケースは多いと思う。私も行っていた。でも、新聞記事は案外難しい。その時々でニュースになった幅広いトピックが扱われており、中には専門用語もあるため、調べ物に時間がかかるのだ。調べ物に時間がかかりすぎると、肝心の日本語→英語の訳出練習が十分できなくなってしまう。

 

そこで、用語を確認するのを兼ねて、英訳から日本語への訳出をまずやってしまう。ここでも、色々発見がある。訳出と日本語テキストを比べてみると、冗長さに違いがあると思う。日本語は漢語を適切に使うことで引き締まった表現ができることがわかる(ただし、通訳は耳で聞いて分かりやすいかどうかが大切なので、同音異義語の多い漢語はあまり使えない。通訳への準備運動としてサイトラを考えるという点では注意が要る)。

 

音読をするのは、重要語句を覚えるほか、英語的な文章の構成法ではどうなるのか確認する、ということを目的にしている。

 

この準備作業を行ってから、日→英のサイトラ・訳出を行ってみると、そうではない場合よりも比較的スムーズに訳出ができるのではないかと思う。もちろん、上達するにつれ、1.2.を飛ばしてもよいし、いきなり4.から始めてもいいと思う。

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写真は、先日使用した例。特に専門性が高い文章ではないが、事実をよく整理して理解できていないと訳出が難しいところがあるし、情緒的な表現に戸惑う部分もある。「豊かな都市景観と潤いのある環境」は”impressive urban landscape and comfortable space“と訳されている。「豊かな」と言われるとつい”rich”という言葉をあててしまいたくなるが、巧みなワードチョイスだと思う。

 

日本語記事が原文でそれを英語に訳したものは、英語がオリジナルのものに比べると文章構成上の仕掛けが多い、華やかな名文というものは少ないだろう。語彙を増やせるにしても、英語で新たな語彙を仕入れるというよりも、上記のように日→英の訳語の選択として何が適切かを確認する場合が多いと思う。でも、日本人通訳者として日→英の訳出で目指すべきはまず事実関係を堅実に訳せることだろうと私は思うので、新聞記事の英訳は一つの目安になると思っている。

モチベーション

心がくじけそうになった時、何かをしたい真の動機に立ち返ると力を得ることができたりする。

 製造業には、何か不具合が発生した時に根本原因を追及するためのツールがある。そのひとつに「なぜなぜ分析(=5 why analysis)」という手法があるが、私はこれを自分の動機を確認する方法として使っている。

 こんな感じだ。

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だいたい、二つ目~三つ目のなぜ?を問うあたりから核心に入ってくる。私は、これをやると、自分の真の動機から考えてみれば現在の悩みが些細なことだと確認できて、あまり気にならなくなったりする。

 ただ、難しい面もいくつかある。

・同じ「なぜ?」という問いにしても、有効な答えを引き出しうるものと、そうではないものがある

心理的なものは、逃げること、すなわち自分の心に向き合わないことが可能。自分で自分を追い込んで、突き詰めて考えられる人は多くない

 しかし、ある程度の指針にはなると思っている。本格的に行う必要を感じたときは、信頼できる人に「なぜ」と問いかけてもらうのが私の場合は役に立った。